今回の記事は写真がひとつもありません。
デジタルモノを扱う以上はIT関係にも多少は首を突っ込まないとどうにもならないということをこの十年で学びました。
(それでも私は今の若い人に比べたら化石みたいな存在なんだろうなと思っています)
天体写真で捉える太陽系以外の天体ってとんでもなく遠いところから届いた光ということは皆さんもある程度はご存じかと思います。
何十万何百万光年とかそんなのばっかり。そういう太古の光を可能な限り最新の技術で捉えようというのがデジタル天体写真撮影です。
天体望遠鏡本体はアナログな機構のモノですがそれに装着する様々な機材は基本的にパソコンとそれにインストールされた各種ソフトで制御するものばかりです。だからこそ昔の手動ガイド・銀塩フィルムの時代とは全く違うほぼ全自動の撮影が実現したわけで、撮影そのものは各種機材・ソフトの設定が間違っていなければとても楽にできるのです。何なら遠征先の車の中で寝袋に入ってぬくぬくと朝まで爆睡していても問題ありません。
そんな「完璧な撮影」を実現するにはまず撮影に入るかなり前の段階で周到な準備が必要です。
天体写真撮影に立ちはだかるハードル
1.ITに関する知識
最近では望遠鏡一式とパソコンやスマートフォンなどの端末を無線LANで接続するデバイスが出回っていて自宅の庭に設置した望遠鏡を遠隔操作したり撮影した画像を確認したりといったことが車の中や部屋で快適にできるようになりました。望遠鏡などの機材を設置したら極寒の真冬の夜中に悴んだ手で冷えきった機材を弄らなくても良いのです。こうしたデバイスを導入するには多少の知識はあった方が良いです。詳しいことは他の方の記事を参考にすることをお勧めします。
また撮影や画像処理にパソコンを使う以上はどうしてもトラブルに見舞われることがあります。特にWindows搭載のパソコンは更新プログラムのインストールという有り難迷惑?な送り付け詐欺まがいの事象(個人の感想です)が避けて通れません。
この更新プログラムにより事前にインストールしてあった天体撮影関連アプリに不具合が生じたことがありました。このような事態にもある程度の知識があればすぐに対処できます。
更に様々な原因で更新プログラムのインストール自体に失敗することもありいつまでもインストールを要求するメッセージが表示されるという煩わしい現象が続きます。こうなると一度Windowsを初期化しなければならず、やれバックアップだやれ復元だと非常に面倒なことになります。バックアップ・初期化というだけで私のようなIT音痴はただただ憂鬱でイライラするのである程度の知識があれば怖いもの無しになれるのかもしれません。
またメモリ確保の為にRAMディスクを作成したことがありましたが、ある日惑星の撮影をしている途中に撮像ソフトの不具合でパソコンを再起動したらRAMディスクに保存したそれまでの撮影動画が全て消去されていたという出来事がありました。
この日はそれまでにない最高のシーイングだったので画像処理の結果にとても期待していましたがそれが全部パーです。いい年をして親が亡くなった時よりも泣きました。
このような痛い経験からRAMディスクなど信じてはいけないという知識が増えました。
2.複数台のパソコン
上記のようなトラブルに見舞われると初期化・復元で数時間から10時間近い膨大な時間を要します(パソコンの容量による)。当然その間は撮影も画像処理もできません。
もし今夜撮影するぞと意気込んでいて突然パソコンが不具合に見舞われたらどうでしょう?まだ自宅にいるのであれば初期化以外の対処もあるかもしれませんがこれが遠征先だったらもうその日の撮影は泣く泣く諦めるしかありません。
そんな時の為に撮影用のパソコンは最低2台はあると安心です。
そして前にも書きましたが画像処理用と撮影用に分けてそれぞれで最低2台ずつあった方がより安心です。全部を1台で済まそうとするのはトラブル時のことを考えると非常に危険です。私のように失敗します。
また可能な限り大容量の外付け記憶媒体も用意した方が良いです。できればSSDです。
3.体力
意外に思う方もいらっしゃるかもしれませんがこの趣味は案外体力勝負です。
望遠鏡が大型になれば架台や三脚・ピラーなどもより重量級になりますしディープサイクルバッテリー(最近はあまり使う人もいないと思いますが)などは一個で30kgくらいあります。鏡筒も口径25cmを超えると重量が20kgを超えるものもあり組み立て・分解には落下破損等の危険も伴います。普段あまり運動しない中高年の方は腰や膝など傷めないよう細心の注意が必要です。
カメラと三脚とポータブルバッテリーを持って車では行けない山道を歩いて登り天の川を撮影することもあるかもしれません。こうなると最早登山と言った方が良さそうな装備も必要ですし相当な体力も必要です。
またこの趣味を実行する時間帯の大部分は夜です。撮影中は寝ていても大丈夫ですが
折角暗い場所へ遠征したのなら一晩中天の川を眺めたりすることもあるでしょう。
当然徹夜となるわけです。次の日が休みならそれでもまだ良いでしょうがお仕事や何か他の用事があったりするとかなり影響する場合もあります。
ですから重いものを持ち運ぶ筋力と徹夜にも耐えられる寝不足耐性。これは必須と言えます。最近の私は一度遠征に行くとその後1週間は疲労が回復しません。悲しくなります。
4.年齢
何事も若いうちに始めた方がいろいろとメリットがあります。身も蓋もない言い方ですがこの趣味もそうだと痛感します。上に述べたIT知識も若い方が吸収が速いし体力的な面でも若さは正義です。2日くらい寝なくてもへっちゃらという無限の体力が懐かしい。望遠鏡の設置で腰痛なんて別世界の出来事でしょう。
画像処理のテクニックも若ければ若いほど有利だと私は思います。覚えるのが速いですから。
5.画像処理
折角撮影した天体画像も画像処理(現像と呼ぶ場合もある)を施さないと作品になりません。
しかしこれが大きな負担となり挫折している人もいるとかいないとか。
よく言われるのは「画像処理に正解はない」ということですがある程度は決まった工程はあるように思います。
画像処理の目的とは「ノイズでザラザラの元画像を滑らかにして淡い対象を強調してはっきり見えるようにして美しく仕上げる」ということかと思います。
よく合成写真とかお絵描きなどと揶揄する向きも見られますが、元々そこに無いものを付け足すようなことはしないのが暗黙のルールです。
ただ肉眼では見えないものを見えるようにするだけなのです。そのように仕上げていく過程で軽減したはずのノイズが逆に増大してしまい見るも無残な出来になったり黒に近い背景のはずなのに緑や赤のムラが出てしまったりと一筋縄では行かないのが天体画像処理です。
こうした画像処理には専用のソフトやPhotoshopを使うことが鉄板となっていていずれも有料のソフトです。無料のGIMPもPhotoshopと似たようなテクニックが使えると何かで読んだことはありますが天体画像に使ったという事例は殆ど見聞きしたことがありません。
最近ではPixInsightという元々海外のマニアが多く使っていたソフトが日本国内でもユーザーが増えてきて画像処理のレベルが上がってきている印象ですが、逆に写真の仕上がりに個性が無くなってきていると思わなくもありません(個人の感想です)。
いずれにしても画像処理は初めて取り組んだ人にはチンプンカンプンかもしれません。天文の知識に拘わらず趣味や仕事でCGをやっている人の方がもしかしたら上達が早いのかな?などと勝手に思っています。
6.欲望
残念ながら人間の欲望はエスカレートします。どんなに自分の入る範囲を設定して始めたとしても、機材・画像処理にいずれ不満を感じます。
ずっと「この程度でいいや」と思っていたらつまらなくなって気付いたらすっかり撮影しなくなっていたなんてことになりそうです。
もっとノイズを減らしたい、もっと星の色を鮮やかにしたい、もっと星雲の細部を表現したい・・・
自分の経済力と相談しながら妥協しなければならないのですが。
7.経済力
最後の条件としてこれを挙げます。あまり言いたくはないのですが実はこれが最も重要ではないのかとも思います。
例え望遠鏡や赤道儀を使わなくともハイエンドモデルの一眼レフカメラだけで数十万円、高性能のカメラレンズ一本でやはり数十万円数百万円するような世界です。
しかし高ければ良いカメラとは限らないのが天体写真を撮る上ではポイントです。
天体撮影には高速連写機能や高速AF、手振れ補正機能は殆ど必要ありません。そのためそうした機能が高度化された機種は必要ないのです。天体撮影に必要な機能はバルブなどの長時間露光とISO12800程度までの感度設定、それにノイズの少なさです。
基本的に天体写真は夜、真っ暗な空を背景にした輝度の低い写真なので通常の昼間の写真に比べてノイズが目立ちやすいものになります。デジタルカメラの性能の大部分は搭載されたCMOSセンサーの性能に依存していてノイズの多い少ないもCMOSセンサーの機種によって異なります。とはいえどのカメラにどんなCMOSセンサーが搭載されていてそれがどんな性能なのかをいちいち調べていたらいつまで経っても機種選定が終わりません。
天体写真の投稿サイトや天文雑誌のフォトコンテストの入賞作品を見るとどんなカメラが多く使われているか大まかな傾向が掴めると思いますので参考にしてみると良いと思います。決してバカ高いカメラが使われているとは限りませんがパソコンと同様に最低でもカメラボディだけで20万円前後から(フルサイズの場合)のものが人気があります。
それでもパソコンと合わせればそれぞれ1台ずつ購入するだけでも40万円以上の出費は覚悟しなければなりません。
天体望遠鏡はレンズ性能や口径に比例して値段が上がる傾向があります。一方で同じくらいの口径でもメーカーによって値段に差があることもあります。それは接眼レンズやカメラを取り付ける部分(接眼部という)の材質や造りに大きな違いがあり安いメーカーのものは非常に弱くてガタがあり重いカメラを付けるとドローチューブが滑ってピント調整できなくなるものもあるようです。
安いモノにはそれなりの理由があるということは頭の隅に置いておくべきでしょう。望遠鏡に関しても天文雑誌のフォトコンテストなどをよく見るとどんな機種に人気があるか傾向が掴めます。またそうした情報を参考にする時には望遠鏡の焦点距離とカメラの機種の組み合わせをよく見ておくと、「この組み合わせだとこの天体はこういう画角で撮れる」ということがわかってきて自分が撮りたい対象をどのように撮るかシミュレーションになります。そうすることで購入する望遠鏡の機種がある程度絞られてくるかと思います。
いずれにしてもカメラや天体望遠鏡を使って星空を撮影をするということはそれなりの出費を覚悟しなければなりません。
最近では中国や台湾のメーカーが台頭してきて日本国内のメーカーより安い天体望遠鏡や天体撮影に特化したCMOSカメラが多数販売されています。ひと昔前までは中国製というと安かろう悪かろうでしたがこの分野に関しては特に近年違ってきています。日本を含めた世界中の天体撮影マニアが当たり前のように使う時代になっています。
できるだけ出費を抑えたいというのであればこのような中国・台湾メーカーの望遠鏡やカメラを検討するのも大いにありです。
私は天体写真の前にずいぶん長いこと釣りを趣味にしていましたが、天体写真に鞍替えしてから様々なアイテムの単価が釣りとはあまりにも違うことに愕然としました。金銭感覚がまるで変ってしまい家族にドン引きされました。
天体写真は天気が悪ければどうしようもありません。その点釣りは雨でも風でも昼でも夜でもできます。天体望遠鏡の稼働率なんて年間何日でしょうか。その点でも非常にコスパの悪い趣味です。
これからこの趣味を始める人はどうか家族とのバランスも考えて健全に進めていってほしいと願います。